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マカオ生まれの双子パンダ健健と康康が成都へ 2頭の素顔と10年

マカオで初めて生まれたパンダの双子、健健(ジェンジェン)と康康(カンカン)。2016年に生まれた兄弟は、この夏10歳になりました。

2頭は、生まれてからずっと暮らしてきたマカオを離れ、11月初めに中国・四川省の成都へ移る予定です。

この記事では、旅立ちの準備と、2頭がどんなパンダとして育ってきたのかを、世話をしてきた飼育員たちの話を交えて紹介します。

なお、弟の康康は、1972年に上野動物園に来た康康(カンカン)とは別のパンダです。2頭の母の心心(シンシン)も、香香(シャンシャン)の母の真真(シンシン)とは別のパンダです。

健健と康康のいま 成都への出発を前に

マカオの役所・市政署の発表によると、健健と康康は11月初めに成都へ出発する予定です。6月の発表では10月の予定でしたが、9月21日の発表で11月初めになりました。

出発に向けて、2頭は10月9日から隔離検疫に入りました。一般の人が2頭を見られたのは、10月8日が最後でした。

マカオへ戻る時期は、まだ決まっていません。

(2026年9月21日 マカオ特別行政区政府 市政署、9月22日 澳門捷報より)

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なぜ成都へ?2か月かけた旅の準備

2頭が向かうのは、成都大熊猫繁育研究基地(成都にある、パンダの繁殖と研究のための施設)です。両親の開開(カイカイ)と心心(シンシン)が生まれた場所でもあります。

市政署の説明では、2頭はもうおとなになりました。成都行きは、より自然に近い環境で、生きていくための技を学ぶためです。いろいろな体験を重ねて、体と心の成長をうながすねらいもあります。

移る計画が発表されたのは、2026年6月26日の10歳の誕生日会でした。飼育員の莫詠嫻さんは、感極まった様子でこう語りました。

「2頭は子どものような存在です。大きくなってきたので、外に出て、もっと学んでほしいと思っています」

初めての飛行機に慣れる訓練

健健と康康にとって、飛行機に乗るのはこれが初めてです。成都までの飛行は2〜3時間の見込みです。

市政署で自然保護の部署を率いる陳海峰さんによると、2頭は運ぶためのおりの中で、機内の低い揺れと音に慣れる練習をしています。車での移動と飛行機の両方を想定した訓練です。

訓練は毎日、遊びの形で行っていて、もう2か月ほどになります。莫詠嫻さんは「今はおりこうにしている」と話します。

体の準備も進んでいます。成都から来た専門家と市政署が一つのチームになり、感染症の検査や虫下し、血液検査を行っています。X線の検査に協力する練習もしています。

成都基地からマカオに来ている専門家の楊平さんによると、成都に行く時は健康のための薬を用意し、住まいは前もって消毒しておきます。

食べ物と言葉、成都での新しい住まい

食事にも工夫があります。広東の竹と成都の竹を交互に出して、味の変化に慣れさせています。

莫詠嫻さんは、ふだんは広東語で2頭に話しかけます。訓練の時は少し英語を使い、成都の方言も少し使います。成都の言葉について、莫詠嫻さんはこう話しています。

「マカオに常駐している成都の専門家がいるので、2頭は四川の言葉をときどき聞いています。四川の言葉は問題ありません」

成都では、基地の中にある星雲館に入る予定です。マカオの文化を取り入れて改修した建物です。莫詠嫻さんも成都まで付きそいます。マカオの飼育員と獣医が成都で基地の職員に引き継ぎ、そのあとも連絡を取り合って、2頭の様子を見守っていきます。

53.8gで生まれた弟・康康

2016年6月26日の午後、マカオのパンダ館で、心心が双子のオスを産みました。

兄の健健は午後3時45分に135gで、弟の康康は午後4時27分に53.8gで生まれました。

53.8gは、卵1個ほどの重さです。兄の半分にも届きません。人の手で育って生きのびたパンダの最も軽い記録と比べても、わずか2.8gしか違いませんでした。

母乳を吸えなかった康康

陳海峰さんは当時、石排湾動物園の獣医でした。生まれた直後のことを、こう振り返っています。

「はじめはみんなひやひやしました。康康は口が小さすぎて、母乳を吸えなかったのです」

そこで飼育員は、健健が乳を飲むあいまに心心の乳を集め、特製の乳首で康康に飲ませました。指先ほどの小さな口に、哺乳瓶から1滴ずつ。1回に10分あまりかかる授乳を、2時間ごとにくり返しました。

野生では、双子が生まれても母親が育てるのはふつう1頭だけだそうです。マカオでは2頭とも育てるために、成都から来た専門家と飼育員が、24時間交代で世話にあたりました。

成都基地の獣医、黄文俊さんによると、基地にはとても小さく生まれた子を育てた経験があり、ミルクは一頭ずつの育ち具合に合わせて、計算した配合で作りました。

黄文俊さんは、康康の生きる力の強さもほめています。乳を飲むのは、兄よりも積極的でした。

「数値が日に日に兄に近づいていくのを見ると、どんな苦労もむくわれました」

保育器を出て、真っ先に兄のもとへ

康康は生まれてから20日あまり、保育器の中で過ごしました。

生まれて1週間ほどで、康康の体重は53.8gから104.1gに増えました。7月5日には、保育器で過ごしながらも母に預けられるほどに育ち、康康は初めて母・心心の胸で、直接乳を吸いました。

保育器を出たのは7月22日です。小さなベッドに移ると、康康は足をけって兄のそばまではっていき、兄のおなかに頭をうずめました。健健は「ンン」と2回鳴いて、弟を迎えました。

小さく生まれた康康は、やがてよく飲む子になります。初めは1回1gだった乳の量が、64gまで増えました。1回で、生まれた時の体重より多く飲んだことになります。飼育員たちは、ボールのように丸いおなかを見て、小さな大食いだと笑っていたそうです。

兄の健健は、生後1か月の7月26日に1010.5gになり、1kgを超えていました。康康も7月31日、兄とちょうど同じ1010.5gで1kgを超えます。2頭は5日のうちに、そろって1kgを超えたのです。

名前に込められた「健康」の願い

生まれた時、1頭は大きく、1頭は小さかったので、2頭は乳名(赤ちゃんの時の呼び名)で兄が大宝(ダーバオ)、弟が小宝(シャオバオ)と呼ばれていました。

正式な名前は、マカオの住民から募集しました。3,587件の応募があり、重ならない名前の組み合わせは1,718通り集まりました。いちばん多い1,117件の推薦を集めたのが、健健と康康です。2016年9月17日に発表されました。

2つの名前を続けて読むと、広東語でも北京語でも、健康という意味になります。両親の名前も、1字目を合わせると「開心」になり、中国語で「楽しい」という意味です。みんなが楽しく(開開・心心)、健康に(健健・康康)暮らせるように、という願いも込められています。

健健と康康はどんなパンダ?

見分け方は耳と顔の形

双子でも、よく見ると顔つきが違います。

兄の健健は、頭が丸く、毛がふさふさしています。耳は丸く、ピンと立っています。口元が広く、鼻が大きく、手足が太いのも特徴です。

弟の康康は、頭が少しとがっていて、口元が細長い顔立ちです。耳は前に折れています。

2頭が生後7か月のころ、飼育員のひとりは、見分け方をこう説明しました。

「健健の耳は上を向いていて、康康の耳は下がりぎみなんです」

赤ちゃんのころは、あごと口のまわりに生えた黒い毛でも見分けがつきました。健健は、下くちびるをぐるりと囲んであごまで広がる、海賊のようなひげ。康康は、口の左右に分かれた逆八の字のひげでした。

やんちゃな兄と甘えん坊の弟

性格は、健健がやんちゃなお兄ちゃん、康康は甘えん坊と紹介されています。

健健は、生まれた時からよく鳴く子でした。母の胸で乳を飲みながらも、「イーヤー」とぶつぶつ言っていました。

目が見えるようになると、健健は体を起こして首を高く伸ばし、ベッドの外をのぞきました。「ンン」と鳴いて飼育員に抱いてもらい、もっと周りを見ようとすることもありました。

康康は恥ずかしがりでした。ベッドの白い柵のすき間から、忙しく働く飼育員をじっと見ていたといいます。

寝る時、康康はいつも兄に寄りそいます。兄の頭の横に頭をつけたり、兄のおなかの上にのったり。健健はいやがらず、遊び疲れると数分で眠って、いびきをかいていました。

飼育員がタオルを丸めてボールを作った時のことです。健健はボールをくわえたまま、まるでボールを散歩に連れていくようにはい回りました。康康にももう1つ作ってあげると、康康はちらっと見て頭でひと押しし、反対の方へはっていきました。

体温を測る時には、康康のいたずらもありました。おなかに当てる体温計の先から、腕立てふせのように体を浮かせて離れ、低い数字を出して飼育員をあわてさせたのです。ばれると、手で口を隠して寝てしまいました。

やんちゃ盛りの兄弟と飼育員たち

生後半年を過ぎると、2頭は木馬やすべり台、ブランコで遊ぶようになりました。取っ組み合いでは健健からじゃれつき、康康もすきを見て反撃します。

健健は、母のすきを見て部屋から逃げ出そうとしたこともあります。飼育員に見つかると、足に抱きつき、引っかき、服を引っぱって抵抗しました。

飼育員の趙創焜さんは、腕が赤い傷だらけになっても笑っていました。

「パンダの赤ちゃんが足に抱きつくのは、足を木の幹だと思っているのかも。そろそろ木登りの練習に連れていく時期ですね」

「元気に育つことに比べたら、この傷なんて何でもありません」

同じころ、先ほど耳の見分け方を説明した飼育員は「毎日世話をしているので、母親のような気持ちです」と語っています。獣医の黄文俊さんは「父親のような気持ちです。休みから戻って赤ちゃんを見ると、すぐ抱きしめてキスしたくなります」と話しています。

おとなになるまでの健健と康康

兄弟それぞれの暮らしへ

3歳ごろの2頭は、並んでおりの鉄の柵につかまり、立ったまま飼育員から朝ごはんをもらうのが好きでした。飼育員はときどき、2頭の鼻をなでていました。運動場では、木につるしたボールをつついたり、地面をごろごろ転がったりして遊んでいました。

そのころ、莫詠嫻さんはこう話しています。

「健健と康康は、生まれた時は手のひらほどの大きさでした。今は2頭とも100kgくらいで、抱き上げることもできません」

2頭はよく追いかけっこをして、体をくっつけて遊んでいました。けれど力が強くなるにつれ、じゃれ合う時間が増えて、休んだり食べたりするのにも差しつかえるようになります。

そこで飼育チームは、成都基地の専門家の意見を聞きました。基地では、若いパンダをふつう3歳半ごろから一頭ずつ飼っていて、その経験も参考にしました。2頭を少しずつ分けていき、4歳近くになった2020年には、別々に暮らすようになりました。分けたあとも変わった様子はなく、それぞれの体重も増え始めました。

食べ方にも違いがあります。2021年には、食欲旺盛な健健は食事の量を調整し、康康はタケノコで体重を少しずつ増やしていました。

5歳の誕生日の前日、2021年6月25日の体重は、健健が126kg、康康が107kgでした。同じ日、父の開開は115kg、母の心心は113kgでした。

おとなになった健健と康康

目を開けた時、寝返りを打った時、はいはいをした時、歯が生えた時。2024年、莫詠嫻さんは、成長の一瞬一瞬が忘れられないと振り返っています。

2025年4月には、莫詠嫻さんがおとなになった2頭の性格を紹介しています。兄の健健は体が大きめで、いたずら好き。少しがまんが苦手です。弟の康康は体が小さめで、赤ちゃんのころの恥ずかしがりな姿とは違い、活発でよく動き、よく鳴きます。

主食は竹の葉と竹の幹、タケノコです。高繊維のビスケットで栄養を足し、リンゴなどをおやつにしています。

9歳になるころには、ふだんの健康チェックで、麻酔を使わずに採血や血圧・心拍の測定、触診に協力できるようになっていました。飼育員は竹や好物を池や麻袋に隠して、宝さがしの遊びもさせています。遊び疲れて毛がよごれたら、お風呂にも入れます。

毎年の誕生日には、果物とタケノコを添えた氷のケーキが用意されます。暑がりのパンダのための暑さよけです。9歳の誕生日会では、待ちきれずにケーキを食べる2頭の姿に、招かれた子どもたちが大笑いしました。

両親の開開・心心とマカオのパンダ館

父の開開は2008年8月24日生まれ、母の心心は2007年7月5日生まれ。マカオに来る前は、開開は娅林、心心は蜀蓉という名前でした。2015年4月30日に、成都から専用の飛行機でマカオへやって来ました。

開開は好奇心が強く、遊び好きです。心心はおとなしく、少し臆病だと紹介されています。

心心は、母になる前は甘えん坊で食いしん坊、動きたがらない、お姫さまのような性格でした。それが出産後は一変します。赤ちゃんの声で飛び起き、抱いている間は飲まず食わずで、なめて世話をしました。

出産から9日後の2016年7月5日は、心心の9歳の誕生日でした。飼育員は双子からの贈り物として、好物の果物をのせたケーキを2つ用意しました。それでも心心は、胸の赤ちゃんを抱いたまま放さなかったそうです。康康が初めて母の胸で乳を吸ったのも、この日でした。

子の運び方も、育ち具合に合わせて変わりました。小さいうちは、心心は子を丸ごと口にくわえて運びました。大きくなると、頭をくわえて引きずるようになります。健健が4634gになり頭もくわえられなくなると、首の後ろの厚い肉をそっとくわえて運ぶようになりました。

双子の寝相は、父ゆずりでした。開開は寝ながらよく転がり、朝になると部屋はぐちゃぐちゃ、本人は隅でだらっと寝ています。双子も寝ながら転がって、マットの真ん中から端まで移動していました。

開開・心心と双子の一家は、両親の名前から開心家族と呼ばれています。双子のかかとには小さな白い毛の房があり、開開と心心にも同じものがあります。飼育員はこれを「開心家族のしるし」と呼んでいます。

両親はマカオに残ります パンダ館のいま

開開と心心はマカオに残ります。開開は18歳、心心は19歳。中高年になった2頭の健康は毎日確かめていて、体重も食事も正常です。(2026年9月22日 澳門日報より)

パンダ館は、マカオのコロアン島にある石排湾郊野公園の中にあります。2021年5月から、入場は無料になりました。市政署によると、パンダ館には毎月4万人あまりが訪れています。(2026年9月22日 澳門捷報より)

2026年10月2日には、開心家族を見に来た人で館がにぎわっていました。(2026年10月3日 澳門日報より)

※パンダの飼育場所や公開方針は今後変更される可能性があります。最新情報は飼育施設の公式発表をご確認ください。

先代の開開・心心のこと

マカオには、いまの両親の前にも、同じ名前のパンダがいました。先代の開開と心心は2010年12月18日にマカオに着き、2011年にパンダ館が開館しました。

先代の心心は、腎臓の働きが急に悪くなり、2014年6月22日に亡くなりました。先代の開開は、2015年11月29日に、中国の繁殖計画に加わるため、専用機で四川省へ戻りました。

2頭が旅立ったあとのマカオのパンダ館

2頭が旅立ったあと、パンダ館では空調を新しくし、壁を塗り直す予定です。成都側の発表では、2頭が成都で暮らす間に、マカオのパンダ館に手を入れて広げる、とされています。

新しいパンダを迎える予定は、いまのところまだありません。

これまでの歩み

年表で見る健健と康康の歩み

  • 2010年12月18日:先代の開開・心心がマカオに着く
  • 2011年1月18日:マカオのパンダ館が開幕
  • 2011年1月28日:パンダ館が一般に開館
  • 2014年6月22日:先代の心心が亡くなる
  • 2015年4月30日:いまの開開・心心が成都からマカオへ
  • 2015年11月29日:先代の開開が四川省へ戻る
  • 2016年6月26日:心心が健健と康康を出産。マカオで初めて生まれたパンダ
  • 2016年7月22日:康康が保育器を出る
  • 2016年7月26日:生後1か月。初めて人前に
  • 2016年9月17日:名前が健健・康康に決まる
  • 2016年10月3日:百日のお祝い
  • 2017年1月27日:旧正月の大みそかに、家族4頭そろって一般公開が始まる
  • 2017年6月25日:1歳の誕生日の前日に、お祝いの会
  • 2020年4月:2頭が別々に暮らすようになる
  • 2021年5月:パンダ館の入場が無料に
  • 2026年6月26日:10歳の誕生日会。成都へ移る計画が発表される
  • 2026年9月21日:11月初めに成都へ出発する予定と発表される
  • 2026年10月8日:最後の公開
  • 2026年10月9日:隔離検疫が始まる

まとめ:小さかった弟と兄の、10年目の旅立ち

健健と康康は、マカオで初めて生まれたパンダの双子です。卵1個ほどの重さで生まれた康康は、飼育員が1滴ずつ乳を運んで育ちました。やんちゃな兄と甘えん坊の弟は、10年で2頭とも立派なおとなになりました。

2頭は11月初めに、両親の故郷・成都へ移る予定です。飼育員と2か月かけて準備を重ね、いまは公開を休んで、出発の日を待っています。

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出典

※本記事は、マカオ特別行政区政府(市政署・新聞局)・成都大熊猫繁育研究基地の発表と、新華社・中国新聞網・澳門日報・TVB・RTHK・RTPなどの報道をもとに、出典を確認のうえ作成しています。

この記事の著者

パンダプラネット編集部

パンダグッズのお店「パンダプラネット」の編集部です。動物園の公式発表や日本・中国の報道を確かめて、パンダの記事をお届けしています。

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